115440. 匿名 2023/05/19(金) 21:32:30 

(略)

最後にミテコの「試し乗り」まとめを貼ります

◆伝説の小内ブログ(この記事が原因でサイトが潰された)

2020年(令和2年)1月9日公開
<皇族が結婚するのは難しい>
上皇陛下と美智子さまがご結婚された時,私はまだ宮内庁に務めていなかった.
ゆえに以下の記述は伝聞に基づくものであることをご了承ねがいたい

男性皇族が結婚することは難しい.
宮家ならまだしも,皇太子など高位の皇位継承者ともなれば,結婚どころ,恋愛することすら困難だ
先の大戦で無条件降伏し,戦後体制下になるや,戦中・戦前の頃のような「天皇の権威,皇室への絶対的畏怖」というようなものは薄らいだ.
そのためか昭和20年代初頭ごろ(1945年~)現・上皇陛下の,お相手を探そうと,宮内庁が相手の家に打診をしてもほぼ100%断られるようになったという.
戦中・戦前とは異なり,敗戦の将に嫁ぐことは必ずしも名誉ではなくなってしまったのだ
ゆえに,上皇陛下が美智子さまと「恋愛結婚」できたことは,まことにめでたき慶事と言わざるを得ない
良く知られていることであるが,美智子さまが皇室に入られることに反対する女性皇族は非常に多かった.
それまで皇太子妃・皇后となる女性は,華族や皇室関係者の方であることが「常識」だったからだ
宮内庁もまた,違う角度から,美智子さまにいくつかの懸念をしていたようだ.
特に次の二つが問題になったという
このうち❶について,すなわち美智子さまの宗教の問題についてはご存じの方も多いだろう.
皇室は神道の中枢でありその存在そのものが宗教的なものだ.
ゆえに他宗教との親和性が度々問題となる
じつは昭和も平成の時にも,皇太子妃の候補者を探す際に,お相手の宗教については「神道・仏教が望ましい」という条件があった.
ここにキリスト教が含まれていない理由は,「天皇とキリストのどちらが偉いのか?」といった教学的な問題が背景に横たわっているからだ.
現代人でそのような教学的問題に関心を持つ人は少ないだろうが,皇室は日本の伝統を継承している存在でもあるため,気になる人にはとても気になるのだ
だが美智子さまはクリスチャンだった.
昭和天皇もこれに「違和感」をお持ちになり,宮内庁を通じて懸念を伝えた.
しかし皇太子殿下は,美智子さまにゾッコンであり,極めて結婚の意思は固かった.
結局,押し切られる形でお二人の結婚は認められたが,その宗教については「自分の意思で未だ洗礼を受けていないから問題ない」という妥協点を見出した
つづいて❷の問題,つまり美智子さまの性の乱れについて述べよう.
結論から言えば,結婚する前から他の男性と経験があり,生娘ではなかったことが問題となった.
馬鹿らしいと思う人も多いだろうが,皇太子妃の条件には「処女が望ましい」というものがあった.
結婚後に元カレがでてきてリベンジポルノでもされたら大変だというわけだ

なぜ,美智子さまの「非生娘」が問題になったのであろうか?
それは美智子さまが候補者になった時,宮内庁が作家・三島由紀夫に連絡を取ったことに端を発する.
というのも美智子さまは三島由紀夫と「お見合い」し,ご縁がなかったという結果になっていたからだ.
聞くところによれば三島由紀夫側からから「お断り」をしていたらしい.
その理由を宮内庁は知りたがっていた

三島由紀夫からの返答は凄まじかった.
なんと「お見合いのあと,正田家の娘さまから,“試し乗り”のお誘いを受けまして….
さすがに難しいということでお断りしました」というのだ.

美智子さまにとって“お見合い”は,今でいう“出会い系”と同じようなものだったのかもしれない
思えば美智子さまはいつも上皇陛下を「子供扱い」していた.
美智子さまが上,上皇陛下が下という皇室には似つかわしくないいびつな関係であった.
これは皇太子妃時代から変わらなかったという
このような上下関係が生じた原因は,結婚後初夜の上下関係にあったのかもしれない

 

115452. 匿名 2023/05/19(金) 21:36:07 

>>115440
時系列
▶1957年(昭和32年)2月(大学卒業直前)◆三島由紀夫(旧華族で売れっ子作家)とお見合い◆試し乗りの申し出

三島由紀夫(1925年(大正14年)1月14日)32歳
正田美智子(1934年(昭和9年)10月20日(公称))22歳

○ 正田家の見合いセッティング:歌舞伎座観劇で、偶然お互いのグループの席が近くて、一緒の人同士が知り合いで出会った風を装って、後は若い人同士で食事でもの流れで、二人だけで近くの小料理屋(銀座・井上)の二階で食事
「1955年(昭和30年)- 1956年(昭和31年)頃、東京・銀座の小料理店「井上」2階にて、独身時代の三島由紀夫と“見合い”風の対面をしている(同店女将・井上つる江談)。」「週刊新潮」2009年(平成21年)4月2日号

>女将の「井上つる江」さんが随筆で、小冊子「銀座百景」(銀座の老舗の店先に毎号置いてあった無料冊子で結構有名な人が寄稿してる)に三島由紀夫と美智子さんが井上でお見合いしたことを書いていて、このことは三島側が断ったことを含めて、ミチコ婚約当時から広く知られていた。

>「小料理屋の小部屋でのお見合い」は、猪瀬直樹が「井上」を取材して現場も確認している

>(ミテコは三島由紀夫と)お見合いしてるよ。
三島由紀夫の担当だった毎日新聞の徳岡孝夫が書いてる。
観劇して、小料理屋の2階で食事してすぐ別れたと。
どっちが断ったかは明言してないが、
たぶん三島が断っただろうと考えられる書き方。
美智子さんが断ってたらそう書いたと思うしね。
そもそも、三島の方がさきにさっさと結婚してるし。

>美智子さんに都合の悪い話を消そうとしてる人がたくさんいますね。
三島で卒論書いたりしてる人は、基本情報として皆知ってるよ。
徳岡氏だけじゃなく、そのほかの関係者も証言してるよ。
三島は、自分ごときが見合いして、あっさり断った相手が、皇太子妃になると知って ショックで茫然としたそうよ。
天皇制はもうだめだってこの時強く思って、のちにああいう凶行に走ったんじゃないの?
こういう方面に詳しい人から聞いた憶えがあるよ。

 

115459. 匿名 2023/05/19(金) 21:39:12 

>>115452
>(小内ブログ投稿コメ)
あの三島が誰彼に漏らすわけがない。

「楯の会」の幹部の配下から、美智子さんとの縁談を断ったのはなぜですか?と問われてさえ 言葉を濁して、答えていない。
その時にはすでに皇太子妃におさまっていたのだから いかに信頼している部下にであろうと他人に言える事ではない。

三島が証言したのは、美智子の皇太子妃内定直前のことで、 宮内庁からの直々の問合せだったからだ。

事は重大である。
そこは伝えるべき事態であることを三島は承知していた。

その答え方も 正田家の「娘さまから」と、見事な皮肉を効かせている。
ふつうなら『お嬢様から』というべきところであるが、 そこで三島は美智子のことを暗に
「゙お嬢様゙ではない」と断言しているのである。

>(ヤフコメ)三島由紀夫は、正田美智子と見合いするにあたり、小料理屋の二階で見合いした。
東京なのだから、田舎の小料理屋とは違い、歴史ある小料理屋だったのだろう。
しかし、正式な見合いなら、帝国ホテルでするはずだ。
もちろん仲人になる人が同席するはずだ。
三島由紀夫はペンネームであり、実際には平岡家という名家の御曹司である。
名家に持ち込まれる見合いなら、一流ホテルで、付添人がいるはずだ。
しかし、正田美智子と三島由紀夫との見合いは、そうではなかった。
昭和30年初頭なら、見合いとは結婚を意味している。
しかし、正田美智子は何十回も見合いをしているのに、全て結婚には至らなかった。
正田美智子が、本物の旧家にして名家の令嬢であるなら、
何十回もの見合いで結婚できないのは、かなりの異常事態である。
つまり正田美智子は、実は、さほどの娘ではなかったと言えよう。

>三島由紀夫が何かの紙面のインタビューで「あんな世俗的な女性は見たことがない」と言っていた記憶あるわ。
だから「あの人が皇太子妃に決まったと知った時は心底驚いた」そうです。

>天皇家の一大事だから本当の事をそのまま伝えたのに、三島は無念だったでしょうね。
美智子女帝の時代が来るのは確実だから、日本の将来に絶望したと思いますよ。
でも、浩宮様には期待してたかも。

◆「三島由紀夫の皇室論」浩宮さま評価★★★
参考▶1967年(昭和42年)7月24日(浩宮さま7歳五か月)楠田實(佐藤栄作総理大臣の秘書)日記
(佐藤栄作)総理、夕刻上野着(18時10分)。迎えに行く。
官邸へ来り、三島由紀夫氏とその母堂と夕食。
(佐藤)寛子夫人から言われ、これに参加。
本野、田中両君と東大の衞藤瀋吉氏と「賀寿老」で飯を食うことになっていたが、両君にこれを任せ、三島氏の話を聞く。
話は自然と三島氏の自衛隊体験談から。
三島「青年に執銃体験をさせる必要がある。
民兵を作っていくべきだ。
防衛庁が民間人に射撃訓練を禁止したのはいただけない。
総理の力でこれを撤回させてください。
日本は自分の力で守らなければならない。
守る力があることを青年に自覚させる必要がある。
初めは純然たる民間の力で兵を養い、一定期間がきたら、政府の所管にするようにする。

 

115462. 匿名 2023/05/19(金) 21:40:34 

>>115459
続き
自衛隊も防衛大学校を出た一尉クラスは期待が持てる。
しかし天皇をもっと前面にだし、勲記や勲章は天皇の手で渡されるようにしてほしい。

今の皇室は羹(あつもの)にこりてなますを吹いている。
小泉信三氏のやり方は皇室からディグニティをなくした。
バイニング夫人の起用然り。
美智子さんを押し付けたの然り」。

総理「山岡鉄舟みたいな人が必要だね」。
三島「確かにそうです。
いまの皇太子も、万事お付きの人の顔色を見てやっている。
こんなことでは困る」。

総理「浩宮はいいよ」
三島「しっかりした教育掛りをつけなければ」。

>明仁皇太子に不満を述べる三島由紀夫に直接は答えないで、
「浩宮はいいよ」と答える佐藤栄作総理。
明仁さんについてはもう諦めてたのかな。

◆「たくましい名天子になってください」三島由紀夫 作家
「私自身もそうでしたが、幼いときには多少からだが弱くても、少年期にはいるとき、からだをきたえれば、十分体質改善ができるものです。
浩宮さまも、周囲のかたがよく気をつけてあげれば、きっとたくましい青年となられることと思います。
文武両道をかねそなえた名天子に・・・・ぜひなっていただきたいものです。」
>「文武両道をかねそなえた名天子に」
なられましたよ~🌈天国の三島先生

https://up.gc-img.net/post_img_web/2023/05/358bf09f0f082161783be24204c6742d_16523.png

出典:up.gc-img.net

◆「(ミテコを選んで天皇家に無理やり押し込んだ責任者)小泉信三論」三島由紀夫
「天皇と国民を現代感覚で結びつけようと言うことは小泉信三がやろうとして間違っちゃった。
小泉信三は結局天皇制を民主化しようとしてやりすぎて週刊誌的天皇制にしちゃったわけですよ。
そして結局国民と天皇との関係を論理的に作らなかった。
というのは、ディグニティ(威厳)をなくすることによって国民とつなぐという考えが間違っているということを小泉さんは死ぬまで気がつかなかった。
それでアメリカから変な女を呼んできて皇太子教育をさせたり・・・」
「小泉さんは、美智子さんのようなロマンティック・イメージで売り込めば
(天皇の)人気がまた出るだろうというお考えだったようですが、あれは非常に禍根を残している。
日本の天皇には、文化の全体を映す鏡としての大きな高いディグニティと誇りと崇高さが非常に失われてしまった。…
この点についても日本はまだまだ革新しなきゃならんことがある。
天皇をただ政治概念としての天皇にもどして、戦前のように天皇制を利用した軍閥政治を復活するということじゃなしに、
天皇を文化的概念の中心としてもう一度ディグニティを復活する方法はいろいろと考えられると私は思っている。
一番具体的なことは宮内庁の役人の頭をかえることです。
この役人たちは毎週週刊誌を見ちゃ、また美智子さまが載っていた、
まだ国民は皇室を愛している、よかったと、胸をなでおろしている。これが宮内庁の役人です。」

>この『楠田實日記』に書かれた三島由紀夫と佐藤栄作の対談が、三島の正しい美智子さま評価ですよね。
本人の言葉なんだから。
つまり

「あんな者を皇室に入れてしまって」

です。

 

 

115468. 匿名 2023/05/19(金) 21:42:05 

>>115462
◆小料理屋
>お見合いにしては凄く不自然な設定だったけど、小料理屋の人払いをした二階を正田家が用意して、床に連れ込むためのシナリオだったんだね。
小料理屋(当時は連れ込み宿的使われ方をしていた)の見合いって、女性側がめちゃめちゃ軽く見られることになるから、まともな家なら絶対に受けないはずで、昔聞いたときすごく変だと思ってました。

>小料理屋でお見合い(もともと小料理屋=ラブホです)
そうなんだよね。
そこスゴク引っかかったの。
今日までは、正田美智子が仲人にバカにされて、
帝国ホテルじゃなくて小料理屋をセッティングされたのかと思ってたけど、

正田家が銀座の小料理屋「井上」を指定して
二階の個室でお見合いして、美智子が誘惑して、そこで事に及ぶことを狙ってたの?
まるで飲み屋のホステスじゃん!

>たとえ歌舞伎座近くの銀座だったとしても、由緒ある「料亭」(付き添いが席を外さないなら可)ですらない、
酒のみには有名な店だけど、狭い小料理屋の二階で二人だけ?
そんなとこで未婚の女性が初めて男の人と会うなんてありえないです。
昭和の小料理屋の二階は、宴会だけでなく「ちょんの間」(ヤリ部屋)として提供するラブホ機能を備えてるから、
まともな家の女性なら誤解されないように近づかないで遠回りする、
どうしてもその前を通るときは速足で通り過ぎるくらいのところでした。

>料亭ではなく、小料理屋
食事する部屋に続き部屋がある作りです
だから、そこへ行くっていうことが、すでにそういうこと

>なるほど、TVドラマでも襖を開けたら布団が敷いてあって、、ってよくありますね!
元々がそのような場所であったと、、ふむふむ。
フミさんも手段を選ばずというか、トンデモ見合いですね😵
「見合いは25回」(国会議事録)

>待合い?料亭の離れとかで、 
隣の襖開けたら雪洞があってお布団敷いてある、みたいな。

>いや、実際敷いてあったんだと思うよ。
ふすまの向こうの部屋に。
そうじゃないと「試し乗り」の提案出来ないじゃん。
小料理屋の二階は宴会だけじゃなくて、逢引とか商売女を呼ぶ目的で使われるのが(江戸時代から)常識だった

>試し乗りの申し出をしたってことは小料理屋”井上”の「人払いした二階を正田家が用意した」んですよね。
20そこそこの娘のために!

 

115476. 匿名 2023/05/19(金) 21:43:27 

>>115468

◆三島の周囲
>三島本人に「見合いを止めろ」と話した人たちから聞いた話では
上皇后さまの出自や三島の家系への固執など懸念材料が有り過ぎるとの意見から
(最初から)会うのを止めさせようとしたと聞いています
官僚一家だったしね 狙われた?と感じたらしい

>お見合いする前から複数の知人にやめろと忠告されていたそうで、
会った結果も印象が悪かったから断ったけど、
当時のことですから対外的には女性の方から断った形にしていたと思いますよ。
三島側が断ったのは普通に知られてましたけどね。

>まさか、「お見合いで小料理屋の二階を用意して、試し乗りを申し出てきた娘だよ」とは言えないw

>巷間知られてる三島による美智子評は、「つまらない女」

>三島由紀夫は奥さんになる人の条件として
「学習院出身(三島もそうなので)」「遊び慣れていない人」 「芸術活動に過度の理想を持たない人」「俗ではない人」 だったそうです。

https://up.gc-img.net/post_img_web/2023/05/482f33b1908ccc407d102b5031ae9e62_15301.jpeg

出典:up.gc-img.net

>三島由紀夫さんは、作家の川端康成さんの娘さんと結婚を望んでいましたが、川端康成さんの方から承諾が得られなかったと思います
川端康成さんは、婿養子を取り、婿は「川端香男里(かおり)」(ロシア語)と名乗りました
美術史家の若桑みどり(イタリア美術史)は実の妹です
三島由紀夫さんが結婚した相手の女性は、日本画家の杉山寧さんの娘さんで、
(その娘さんと)お見合いしてから結婚まで、あまり時間をかけずに結婚しました

>三島も美智子をふって杉山寧画伯の令嬢と見合い結婚したもんな。
お嬢さんは今上陛下と学習院初等科の同級生で、外交官と結婚して現在は駐韓大使夫人だから、今上両陛下と面識がおありじゃないかな。
ちなみにお名前は紀子さんだったと思う。
のりこさんだね。三島由紀夫の紀を貰ったみたい。
息子の方は三島の本名から威を一文字貰ったみたいね。

 

115484. 匿名 2023/05/19(金) 21:45:55 

>>115476
◆三島由紀夫から逃げ回るミテコ
>週刊誌に子供同士が同じ(同学年の)学習院だったかで、三島が
ミテコに話しかけようとしても、逃げられるんだよ、と話していた、というのを見ました。
過去のお見合いがよっぽどミテコにはまずいのだろう、というニュアンスでした。
断られた相手ですからね。・・・
同じ記事に三島ではない、ジョーコーの同級生?だったかが、パーティでのミテコチャブを見て、
(そもそもミテコの類(たぐい)を入れたことで)皇室の品が落ちた、と言っていたとありました。
だから、異常なほどのマスゴミ工作をし続けたんでしょうね。
▶1964年(昭和39年)3月3日学習院入園予定者が幼稚園参観(浩宮さま4歳)「ヒールスリッパ」
モノクロ

https://up.gc-img.net/post_img_web/2023/05/4cef2bad12fa2c00e347eef905042504_20904.jpeg

出典:up.gc-img.net


>子供が同学年だったので三島由紀夫と一緒
>今見たら 他の園児のお母さまたちの表情が。。。

https://up.gc-img.net/post_img_web/2023/05/4cef2bad12fa2c00e347eef905042504_10822.jpeg

出典:up.gc-img.net

https://up.gc-img.net/post_img/2023/05/aKCDVL5VxWQ9PV5_q6VhG_115484.jpeg

出典:up.gc-img.net

 

115508. 匿名 2023/05/19(金) 21:55:30 

>>115484
興味深く読ませてもらいました
ありがとう
それにしてもミテコの視線はどこに行ってんねん
息子に目が向いてないよね

 

115771. 匿名 2023/05/19(金) 23:43:17 

>>115484

三枚目は凄い写真だね。

「真・美智子」の暴露史上に残る決定的瞬間を捉えている。

あの阿婆擦れで恥知らずの美智子が

唯一、おのれの恥を痛みを以て自覚したところの 一枚。

消されないように、出来る人は保存しておいて。

大事な、皇室の歴史の一真実を証言する写真だよ。

 

115784. 匿名 2023/05/19(金) 23:48:22 

>>115484
今はいろんなスリッパあるけど、この頃はいわゆるぺたんこスリッパしかなかったよね
まさか特注?
何も履けない場面ではとうとうエアヒールでつま先立ってたもんねバカみたいに

 

115491. 匿名 2023/05/19(金) 21:48:26 

>>115484
◆(試し乗り申し出を断られた)ミテコの三島由紀夫コンプ(平成終わりになってもコンプは消えず、都合の悪い事実の書き換えを図るミテコ💢
>昔も今も三島由紀夫に拘ってるから、鬼畜リストの工藤美代子に
「三島は美智子を慕ってた」と死人に口なしの大ウソを書かせてるけど、(試し乗りが公開されて)死んでしまった三島由紀夫に復讐されたね。

>美智子さんは、(25回もお見合いを繰り返したくせに)いけしゃあしゃあと
「きっぱり断ったのに三島は美しい私のことを思いきることができず、慕い続けた」などと鬼畜リストメンバー工藤美代子記者に書かせています💢

>ミテコの書かせたウソ記事2014年(平成26年)9月19日LITERA (ウソばかりなのでコピペ省略)

以上が記事です。
まさに死人に口なし。
三島由紀夫は一方的に美智子さまに恋焦がれた挙句に妄想で有りもしない見合いをしたと語る男にされている。
でもこの記事こそ工藤と林という人の妄想に見えるのですが。
三島ばかりか、三島の母も妄想で見合いをしたと思い込むなんて無理がありませんか?

>ものすごく悪意のある文章だよね。意図がみえみえというか。
三島の家は元高級官僚の家で、三島本人は学習院高等科首席からの東大法科。
本人は平民でも先輩後輩同級生は華族士族金持ちばかり、
親戚には元大名家やら学者やら官僚やら企業重役やらがわんさかいる。
父方の祖父は開成中の校長、母方の祖母は有栖川宮家で行儀見習いをしてたほど。
三島は正田家が持っていない閨閥を持っていたから、
どう考えても粉屋の正田家の方がお見合い申し入れたとしか思えないほどの格差がある。

元々正田英三郎には兄健次郎がいたけど、兄が学者になったので跡継ぎになった。
ところが本当に副島家の娘かわからない女性と結婚した英三郎より、
学者の娘と結婚した兄健次郎の方が閨閥が立派(岩崎や三井と姻戚)だった。
(三男英三郎の)コンプレックスすごそう

>三島と美智子さんがお見合いしたのは、昭和33年ではなくて、「昭和32年」なんですよ。
こうやって、騙すわけ。
マスコミの常とう手段。
確かに33年2月には見合いはしてないよ(笑)。
このお見合いは、三島研究のあらゆる学者の論文や、専門書の三島の年譜にも書かれてる。

昔は、三島の家族が普通に話してたそうですよ。なんで今頃、突然否定するんだろ?
つまり美智子さんが工藤美代子を使って言い訳本を出させてるわけ。
断られたと世間に広く知られたのが嫌だったんでしょ。
この人は、常にこうやって「書かせる」ってことをやってきました。
多くの担当記者が数十年後に真実を述べていますよ。

朝日の佐伯をはじめとして。
正田邸に入りびたりだったんですよ、各社の記者が。
結婚後もマスコミや雑誌編集長、評論家、作家を呼んで、いっぱい自分の美談を書かせてますよ。
やれやれ。

 

115520. 匿名 2023/05/19(金) 22:02:10 

>>115491
◆(試し乗りを断られた)ミテコの三島由紀夫コンプは終わらない
>三島由紀夫著「豊穣の海」の第1巻「春の雪」のヒロイン綾倉聡子のモデルは、正田美智子さんではありません。
注:『豊饒の海』(ほうじょうのうみ):『浜松中納言物語』を典拠とした夢と転生の物語で、『春の雪』『奔馬』『暁の寺』『天人五衰』の全4巻から成る。

三島由紀夫氏の親友徳川義恭氏(徳川男爵家の息子。装丁作家)の姉である北白川祥子さんが
綾倉聡子のモデルだそうです。
三島由紀夫(1925年(大正14年)1月14日生)は17歳の頃、北白川祥子さん(1916年(大正5年)8月26日生)に片想いしていたそうです

>北白川祥子さんの弟と三島由紀夫は親友。
親友のお姉さまに初恋した経験をもとに『春の雪』を書いたんですよね。

>三島が憧れていたのは北白川祥子さん
そもそも「豊饒の海」は伯爵令嬢なんだから、粉屋の娘のわけないのに

>「春の雪」読んだ方なら
「聡子は10歳で妃に挙げられても、妃らしい歌を詠むことができただろう、
綾倉家の文化はそれほど熟していた」、という部分をご存知でしょう。
「妃として欠けるところのある人はお妃教育が必要だが」という下りも。
ミテコさんがモデルだったなんて、ありえません。
噴飯ものです。

>北白川祥子さんってお若い時の写真ものすごい美人だよね…
華子様に似た、可愛らしい華やかなフランス人形みたいな感じだった。
華子さまのおばさまだからね

お茶の水女子大学の前身である東京女子師範学校を卒業後、

婚約内定を非公式に発表

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出典:up.gc-img.net

 

北白川宮永久王との結婚の儀。

https://up.gc-img.net/post_img_web/2023/05/267cf5f4820ecefe1080f640556e7e4c_27146.jpeg

出典:up.gc-img.net

 

永久王は、1940年(昭和15年)3月に駐蒙軍に初出征し、9月4日に薨去(演習中に事故で殉職)、
祥子さんは香淳皇后の女官長になりました。

>父親の德川義恕さんは尾張藩主徳川慶勝の十一男で大正天皇の侍従、
長兄の徳川義寛(よしひろ)さんもやはり昭和天皇の侍従長、
義孝さんは津軽家に養子に出されて津軽義孝さんとなり、常陸宮華子様のお父様。
祥子さんご本人は香淳皇后の女官長、
祥子さんの姑の北白川房子さんは大正天皇の異母妹で昭和天皇の叔母にあたります
肇子さんと結婚した玉里島津家の島津忠広さんと島津貴子さんの夫で佐土原島津家の島津久永さんは同級生で親戚でもあります
華族社会は本当に狭い世界です

>昭和の侍従長・徳川義寛(よしひろ)氏は、尾張徳川家の分家の出身で、常陸宮妃華子様(津軽家)はイトコに当たります

 

115524. 匿名 2023/05/19(金) 22:03:56 

>>115520
綺麗な人。

そして華子さまに似てる!

 

115544. 匿名 2023/05/19(金) 22:14:02 

>>115520
三島由紀夫「小泉信三氏のやり方は皇室からディグニティをなくした。バイニング夫人の起用然り。美智子さんを押し付けたの然り」。

佐藤栄作総理「山岡鉄舟みたいな人が必要だね」。

三島「確かにそうです。いまの皇太子も、万事お付きの人の顔色を見てやっている。こんなことでは困る」。

総理「浩宮はいいよ」。

三島「しっかりした教育掛りをつけなければ」。

楠田實(佐藤総理の秘書官)の日記より

 

115525. 匿名 2023/05/19(金) 22:04:13 

>>115520
>(浩宮さま成人の儀で)香淳さまの後ろに立っているのが、女官長の北白川祥子さん
「鶴のようなすらりとした気品のある方」と言われていたそうですが、さすがの気品
昭和の両陛下の威厳はもちろんですが、昭和の皇室は侍従や女官も気品があふれた方が多いですよね
1980年(昭和55年)2月23日今上陛下成年式・朝見の儀

https://up.gc-img.net/post_img_web/2023/05/790bb579dba4baaca793a71bb630dcd9_15795.jpeg

出典:up.gc-img.net


www.youtube.com

>北白川祥子さんは滅私奉公で生涯皇室に尽くした方でした。
香淳皇后の崩御とその後の事務処理を見届けたそうです。
1969年(昭和44年)から2001年(平成13年)まで32年間、80歳すぎても平日はフルタイムで皇居でお仕えしてしました。
ちなみに北白川祥子さんは川嶋紀子さんのお妃教育の時に宮中の儀式や行儀作法も講義したそうです。
(産経新聞2015年2月1日号より)
退職のちも豊富な知識で宮内庁関係者を助け、定年退職した部下を自宅に招いて慰労。
2015年(平成27年)1月21日、98歳で亡くなられました。💧

>華子さまに似ていらっしゃいますね

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>まさに三島由紀夫が好きそうな女性だね
映画の憂国に出てた女性もキリッとした美人だった
豊穣の海のモデルが美智子様じゃないかって説があるけど、三島は美智子様はあんまり好みじゃないと思うんだよね。
もっとキリッとして背筋のピンとした人が好みだと思うよ。
ナルシストのゲイよりのバイなんだろうから自分と雰囲気の近い人を好むと思う。
美智子さんより華子様とか好きそう。キリッとしてしゃんとしてるから。

>(皇太子妃最有力候補だった北白川)肇子さんと(常陸宮妃)華子さまは従姉妹同士なんですよね

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115537. 匿名 2023/05/19(金) 22:09:58 

>>115525
長生きだし歳重ねても綺麗だし美人薄命って嘘なんだな。だから醜女の私も健康には気をつけるよ。
三島さんは女性の見る目があるというか女性が好きな女性をわかってるね。

 

115547. 匿名 2023/05/19(金) 22:15:24 

>>115525
昭和天皇、やっぱり私、好きだったわ。不謹慎な言い方だけど。本当に威厳がある方だったよね。天皇たるものこうじゃなきゃ
良子様も凛としていらっしゃる。
陛下はこの頃から神々しいね。

ミテコはじめ併設組は足下にも及ばない
北白川さん綺麗な人

 

115610. 匿名 2023/05/19(金) 22:45:51 

>>115525
◆北白川祥子さんWikiより

1947年(昭和22年)10月14日皇籍離脱「北白川 祥子(きたしらかわ さちこ」と名乗る。
姑にあたる房子(明治天皇第7皇女子周宮房子内親王)とともに北白川家を支えた。

1950年代(昭和25年~)長女・肇子が皇太子明仁親王の「お妃候補」であるとする報道が過熱した。

>11歳か12歳の頃にはすでにお妃候補にあがっていたらしいです 

(母親の)祥子は新聞などから該当する記事を切り取り、娘の目に触れぬよう気遣っていた。
肇子が皇太子妃となることについて、(祖母の)房子と(母親の)祥子は、積極的でも否定的でもなく「話があれば拒まない」という姿勢だったという。

>アホチャブは自分より5歳年下の高校3年生美人北白川女王を選ばずに、
自分より6歳年上疑惑のある、百戦錬磨の手練手管を弄する新平民ミテコを選んだ
弟の常陸宮が旧華族華子さまとご結婚されると、「なんで俺の妻は平民なんだ!」と不平を言った

>上皇の本来のお相手だった方は清楚で賢そうだったよ。
どこに出しても恥ずかしくないような人。
水商売崩れのどこがいいんだか…上皇の頭の悪さよ。

>容姿が良いだけでなく性格が明るく勉強も運動も得意な方だったみたいですね

>記事読んだら、チャブのお妃にされそうだった時は高校3年生だったのね!
ミテコが出てきて助かって、相思相愛の方と20歳で結婚
ミテコは24で結婚と言ってたけど、年齢疑惑が出て来てるから、もしかしたら30歳で結婚したのかも
セーラー服卒業写真18歳

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笑顔

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チャブの結婚相手として北白川さんを報道する海外報道
清潔で上品で賢くて美人の北白川肇子さん三つ編み

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明仁親王との婚約が内定した正田美智子が、両親とともに北白川家に挨拶に来た際は、北白川家全員で正田親子を歓待している。
「ハッチャンの幸福~島津忠広氏と婚約した北白川肇子さん~」『週刊読売』、読売新聞社、1958年12月。 p.79

>冨美とミテコが揃って、(お妃候補の本命だった)北白川家に挨拶に行ったんだよね。
今で言うマウンティング。さすが結婚をストラッグルとみなす正田だわ。


チャブのお妃にならずに肇子さまを思ってくださる方と結婚できて良かったよね。

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島津家の若奥様29歳

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※記事の内容は原文に忠実に引用しております。